2020年05月27日 記事
『良かれと思って』という免罪符。

2020年05月27日(水)

●『アベノマスク もはや不要不急!?』、中日新聞の記事見出し。キョーワ薬局というところが始めた『不要な布マスク回収』のキャンペーン。一応、使ってないなら足りてないところに回すので集めますわ、というキャンペーンのようで、朝日新聞とかNHKとかが嬉々として報じていた。普通に受け取れば善意と思われるが、どうせどこかが、集まったマスクを指差して「ほらみろ、アベノマスク無駄だったじゃないか!」と騒ぎ立てる記事を書くだろうと思っていたが、残念ながら予想通り、中日新聞が書き立てた。おそらく、記事見出しの『!?』が最大の譲歩だったのだろう。もし、これがなければ、キョーワ薬局は善意を集めているのではなく、ゴミを集めていると言い捨てていることになるもんね。また、これがマスクでなく募金だったら、集まった募金に対して「ほら、不景気だなんだと言っても、みんなカネ持ってるじゃん」って言うはずも無かろうに。●なんでこんなもんがあちこちに出てきたのか良く分からない「こども食堂」という存在。別に個人的にやりたいというなら反対はしないが、社会が後押しする事なのか?いや、何もするなということではない。要は、政治も行政も足りてないから、こういうのが出てくるんだ、という認識があれば、「これまでありがとう、後は我々がやります」とすべきじゃないかね。こういう存在がある地元の議員とか、何を見ているのかと。そして、三鷹にある「こども食堂」で食中毒が発生した。一事が万事ではないが、助けたいと思う気持ちだけで人は助けられないし、その結果、人をk頭つけることがあることを知るべきじゃないか?思いや気持ちは大切だが、能力のない者にそれ以上のことは期待できない。「お前は我々の善意を踏みにじるのか?」という人もあろうが、善意は相手のために行うものであり、お前らの満足のためのモノじゃない。名前の通り、子供が食べるものだと思うが、それを2日間も室温で放置しているような連中に『食堂』を名乗る資格があるのか?こういう事を言うバカが増えると善意が萎縮する、と苦言を呈する方も居られよう。だが、子供らの善意を無駄にしない工夫を大人たちがすべきであり、少し前、手作りマスクを寄贈した女の子の話題があったが、例えばあれは、そのマスクを行政が高値で買取り、そのお金を元に、もっと支援を広げるよう展開すべきではないか?仮に自分なら、募金込みで1枚5千円払っても安くないと思っている。カネより千羽鶴。その善意は誰のものか。★☆★
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